中川一政美術館と真鶴半島
写生道   中川一政
私は写生をしてきた。画は写生するものであると思っていた。
文展の大家達は大作をするに山中で材木を地面に二つ立てカンパスをそれに
くくりつけて描いたというようなことを聞いていた。  
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そんなことより私の勉学はじめはセザンヌ、ゴッホが漸く紹介された日本である。
セザンヌの言葉、「自然は第一の師、ルーブルは第二の師。」という言葉は金科玉条であった。
誰も彼も画架と絵具箱をかかえて戸外に出ていた。彼方の麦畑にも画かきがいた。       
その写生そのままの画が出品画となった。そういうやり方なら私にも出来ると思った。
美術学校へ行かなくても出来ると思った。
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油絵具がまたその目的に添うように作られている.日本画ではそうはいかない。
油絵の大作も戸外へ持ち出すことは出来ない。
日本画と同様、写生をもとにして画室でかくことになる。
とにかく事物に即した写生で私達はやって来た。そしてそれを疑うことはなかった。                             「随筆八十八」中川一政著講談社
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by homeplaza-daito | 2008-03-11 15:53 | 福田克己の情報


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